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真木よう子、離婚 元俳優・片山怜雄さんと6年10か月

真木よう子、離婚 元俳優・片山怜雄さんと6年10か月でピリオド 8年目を目前にして結婚生活にピリオドを打った真木よう子  女優の真木よう子(32)が、2008年11月に結婚した元俳優の片山怜雄(れお)さん(33)と離婚したことが25日、スポーツ報知の取材で分かった。今月中旬に離婚届を提出した。すれ違いの生活を送っていたことなどが原因とみられる。円満に離婚が成立したため、双方に慰謝料などは発生しない。09年5月に生まれた長女(6)の親権は真木が持つ。  8年目を目前にして、真木が結婚生活にピリオドを打った。持ち前の美貌と卓越した演技力で活躍の幅を広げているが、片山さんとの夫婦生活は、順風満帆なものとはいかなかった。08年11月に結婚して6年10か月。関係者によると、今月中旬に離婚届を提出した。仕事の関係先や親しい知人などには、すでに報告を済ませている。

 離婚の原因は、2人の生活のすれ違いによるものという。結婚生活を送っていく中で、考え方の相違が大きくなっていったとみられる。09年に誕生した長女は6歳になり、来年4月から小学1年生になる。娘のことを思えば苦渋の決断だったが、双方合意の上で離婚を選択した。協議の結果、真木が親権を持つことに決まった。慰謝料などは発生しない。片山さんは、かつて俳優をしていたが、真木との結婚を前に表舞台から離れている。


 独特の空気感でさまざまな作品を彩ってきた真木。公の場で、家族について発言する機会は少なく、結婚、出産を経験してもプライベートを感じさせることがあまりなかった。それでも、撮影現場では、子煩悩な母親の顔をのぞかせており、彼女の人柄をよく知る関係者は「地方ロケのスケジュールなどは、できる限り子供のことを考えて調整していた」と明かす。

 映画「ゆれる」(西川美和監督、06年公開)で注目を集めた真木は、10年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」で主人公・坂本龍馬(福山雅治)の妻・お龍役を好演した。13年には映画「さよなら渓谷」で報知映画賞、日本アカデミー賞を始め、その年の主演女優賞を総なめに。大手企業のCMにも多数出演し、人気女優の地位を確立している。

 5月に主演映画「脳内ポイズンベリー」(佐藤祐市監督)が公開され、11月から映画「劇場版 MOZU」(羽住英一郎監督)、来年は映画「蜜のあわれ」(石井岳龍監督)の出演が控えるなど、順調そのもの。周囲のサポートを得ながら子育てと仕事を両立するシングルマザーとして、女優業を全うしていく。

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北斗晶 乳がん手術後初めてブログ

北斗晶「まだ右胸を見る勇気がない」手術後初ブログ 乳がん手術後初めてブログを更新した北斗晶  乳がんのため今月24日に右乳房全摘出手術を受けた元プロレスラーでタレント北斗晶(48)が26日、術後初めてブログを更新した。  胸の腫瘍は、2・5センチほどになっており、脇のリンパにも転移していたため、脇の腫瘍も取ったという。

経過について「順調に回復しています。自分の足でトイレにも行けるようになりました」と書き、右手のリハビリも始めたとした。  北斗は「オッパイが片方ないのは、洋服の上からでも分かるんだけど、どうしても自分ではまだ右胸を見る勇気がなくて…。見たら、パニックになっちゃいそうなので、もう少し落ち着いたら、気持ちをしっかり持って1歩進めればと思います」と、戸惑いもつづった。

 また、24日に亡くなった川島なお美さんと共演した思い出にも触れた。「お人形さんのようなかわいい方で。楽屋にはかわいいダックスフントを連れて来られてて川島さんの収録終わりに、愛犬たちが楽屋から飛び出して喜んで川島さんに飛びついてお帰りお帰りしてたのが印象的でした。少しでも一緒に仕事をさせていただけたことは本当にありがたく感謝いたします」。

持田香織が語るELTと歩んだ半生

持田香織が語るELTと歩んだ半生「35歳を過ぎてようやく…」

「デビュー当時は、こうして人生の半分以上をEvery Little Thing(以後、ELT)として活動できるなんて想像していなかったです」

 笑顔で語る、持田香織(37)。8月8日にデビュー20周年イヤーに突入したELTが12枚目のオリジナルアルバムと4枚目のベストアルバムを9月23日に発売。さらに、10月からは全国28か所を回る半年にわたるツアーもスタートする。

「振り返ると、いろいろなことがあったなと思います。いちばん最初に出た音楽番組が生番組の『ミュージックステーション』で、緊張して声がうわずったまま1曲を終えて、トラウマになったり、同期のSPEEDがものすごく元気に踊り歌う姿を見て“すごい!”って衝撃を受けたり(笑い)」

 当初、持田、ギターの伊藤、キーボードの五十嵐の3人で活動していたELT。’00年にグループの中心人物であった五十嵐が脱退した際には“2人でも大丈夫?”という目を向けられていると、強く感じたそう。

「だからこそ、(伊藤)一朗さんと『fragile』でオリコン1位をとれたことが力になりました。みんな寝ずにクタクタになりながら作った曲だったので、本当にうれしかった」

 その後、数々のヒット曲を生み出していったELT。しかし、平坦な道だったわけではない。

「ツアー中にのどを痛めて、ライブを2本くらい中止にしてしまったこともあったし、20代後半の女性ならではの身体の変化も経験しました。求められていることと、できることのギャップがあって、7~8年悩んでいましたね。35歳を過ぎた、ここ2年くらいでようやく“辞めないでよかった”と思えるようになりました」

 相棒の伊藤や、周囲の人たち。ファンの支えに助けられながら歌い続けてきた。

「もしかしたら、今がいちばん楽しいかもって思えるんです。不思議なんですが、嘘みたいにいろいろなことが整理されていって、生活をともにするパートナーにも出会えた。あんなに苦しかったのに、歌うことが気持ちよくてしょうがないんです。だから今回のツアーは“絶対にいいと思う!”って言いたいし、これまで支えてもらった方々へ恩返しがしたい。元気である限り、一朗さんとELTを続けていけたらいいなと思います」

■幸せをちょっぴりおすそ分け

川島なお美さん、抗がん剤治療拒否 最後まで女優としての人生全う

川島なお美さん、抗がん剤治療拒否 最後まで女優としての人生全う
川島なお美さん
 女優の川島なお美さんが24日午後7時55分、胆管がんのため都内の病院で死去した。昨年1月に腹腔(ふくくう)鏡手術を受け、仕事復帰もしていたが、今月7日のイベントでは痩せ細った姿が見られた。抗がん剤治療を拒否し、女優として再び舞台に立つことはかなわなかった。女優と恋とワインに生きた人生だった。
 1年9カ月にわたった闘病生活は、抗がん剤治療ではなく、民間療法を選択。免疫力を向上させる食事療法などを取り入れた。その理由を「抗がん剤の副作用でステージに立てなくなる可能性があるなら、私は最後まで女優として舞台に立ち続けたい」と周囲に明かしていた。発表会での凄絶(せいぜつ)な姿も、女優として人生を全うする覚悟の表れだった。
 「私の血はワインでできている」との名言通り、ワインを愛したことでも知られた。手術の後は、ほとんど口にしなかった。代表作のドラマ「失楽園」をきっかけに作家・故渡辺淳一さんとの関係が取り沙汰されるなど恋多き女性としても知られた。
 また、昨年11月、鎧塚さんと一緒に眠るためのお墓を探して東京・麻布の寺院を訪れている姿も目撃されていた。遺書も用意し、鎧塚さんに「一緒にお墓に入りたいからできれば再婚しないでね」とのメッセージを記していた。
 25日未明、川島さんの遺体は鎧塚さんと共に無言の帰宅をした。
引用元:Yahooニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150925-00000001-spnannex-ent

伊藤舞、日本勢最高7位入賞 リオ五輪切符獲得

31歳・伊藤舞、日本勢最高7位入賞 リオ五輪切符獲得 女子マラソンで、力走する前田(中央)、重友(左)ら  陸上の世界選手権の女子マラソンは30日、中国・北京中心部からメーン会場の国家体育場にゴールする42・195キロのコースで行われ、伊藤舞(31=大塚製薬)が日本勢最高の7位に入賞し、来年のリオデジャネイロ五輪代表に決まった。日本勢は10大会連続入賞となった。  優勝は2時間27分35秒のM・ディババ(エチオピア)。  日本勢3人は先頭集団でレースをスタート。5キロ過ぎで伊藤が、その後前田、重友も代わる代わる前に出て、30キロまで先頭集団を引っ張った。しかし33キロ過ぎでキプロプ、サムゴンのケニア勢が仕掛けてスパートをかけると、日本勢は6人の先頭集団から遅れて第2集団に。36キロ付近で伊藤は第2集団から抜け出して7位となり、そのままフィニッシュした。 引用元:Yahooニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150830-00000093-spnannex-spo


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